あの季節を思う度、きっと思い出さずにはいられないのだろう。

迷いなく仰がれた瞳に、切望し始めた日の事を。




                 
―――――此処に、お前が立つ姿を望んだ日の事を。



















『……お前ら、何してんの?』



あれは始業式から幾日経った日の事か。

まだ後輩でもあるが、後輩を持てるようになったと言ってもあまり実感は湧かない頃だ。

授業も漸く開始した程度で、暇を持て余す。

宿題など出ても、授業内に終わらせてしまえる。

当然の如く、特にする事の無くなってしまった昼休みを、屋上で過ごそうとしていた日の事だった。

柔らかな日差し。

生温い春風。

静かな場所。

微睡まどろむには絶好の条件だろう。

そう思って、人気のない屋上に足を踏み入れた……のに。



『よぉ、宍戸!! 丁度良い所に来たな!!』

『あ〜宍戸〜!! おはよ〜!!』

『今、呼びに行こうって言ってたんだよ?』

『そないな所で突っ立っておらんで早よぅ来ぃ?』



そんなもんは何処かに消えてしまっていたらしい。

立ち入り禁止の札を付けた扉を開けた先、

眩い光と共に視界に飛び込んできたのはフェンスに集まる部活仲間。

向日、慈朗、滝に忍足。

不自然な程にこにこと笑って、自分を待っていたと言う面々の姿は、はっきり言わせてもらうと異様であった。

じり、と知らず知らずの内に後退ってしまったのも当然だろう。

誰だって自分は可愛いもんだ。

出来れば逃げたい。

しかし、この面子で逃れられる訳も無く。

仕方無く促されるままに、薄暗い踊り場から陽の当たる彼らの場所へと歩を進めた。

其処は予想通り春らしい暖かさに満ちていた。



『んで、何してるんだよ』

『まぁまぁ。とりあえず下を見てみろって!』

『あぁ?』



フェンスに凭れて下を覗いている彼らの僅か1メートル半か。

下が見えそうで見えない微妙な距離を置いて立ち止まると、

既に、あぁでもない、こうでもない、と何かの論議をかましていたらしい向日が上機嫌で誘う。

そのまま腕を掴まれて、倣うように銀色に光る金具の下を覗き込めば、

下には何度も此処から見た馴染み深いテニスコートが在った。

―――――但し、様子は普段と違ってはいたが。



『何だよ、アレ。今、昼休みだろ?』



眼下には所在なげにテニスコートの脇に突っ立つ百人近い新入生らしき群れ。

それと、ちらほら見慣れた顔のある平部員達。

併せて優に百八十人はいるだろうか。

まだ薄桃色が地に残っているコートにひしめいている。

思わず指を差しながら訊けば、風で乱れた髪を直しながら、また向日が答えた。



『新入部員だろ? 何でか知らねーけど、去年俺らも昼休みに集まったじゃん。』



なぁ侑士?

余程当時の事が面倒くさかったのか、少し脹れ気味に語る言葉。

その向日に答え、或る者は苦笑気味に、また或る者は皮肉気味に返す。



『そやね……でも、まだ仮入やろけどな。一年に部活の邪魔されとうないんやろ?』

『やだな、忘れちゃったの? 露骨にそんな事言われてたじゃない。』

『そういや、借り出されてんの平だけだったしな。』

『あ、でも監督と部長はいたよね〜』



説明も、ふるいにかけるのも、平だけで充分だと。

(お陰で、此処にいる準レギュラーの宍戸達は高みの見物をしていられるのだが。)

まぁ確かに充分だろう。

それに新入生達にとっても、その方が良い筈だ。

レギュラー達がいるコートでは、緊迫感が桁違いなのだから。

とは言っても、この部の顔たる部長と、レギュラー陣こそいないものの百人は越える先輩、

あの一種独特の存在感を醸し出している顧問に囲まれてすっかり萎縮している可哀想な新入生に苦笑が漏れた。

宍戸にも覚えがあった。

彼らみたく怯えはしなかったけれど、次に誰に何を言われるか、緊張に身体を強張らせて。

しかし、試される自分の力に絶対の自信を抱いて。

―――――あぁそうだ。あれは、一年前の俺達でもあるのだ。

そう思うと、先程まで何とも思っていなかった景色に、微笑ましい様な懐かしい様な不思議な心持ちになる。



『何、もしかしてお前ら、コレ見る為だけに此処に来たのかよ?』



高みの見物ってヤツか? それとも感傷に浸りにきたとか?

宍戸と同じ様に懐かしさを滲ませて眼を眇めている忍足達に笑いながらからかう。



『うん、そんなとこ。感慨深いものがあるかなぁって、最初の内は。』

『最初の内?』



疑問を投げ掛ければ、それはね……と滝。

しかしそれを遮るかの如く、今まで大人しく下を見据えてた慈朗が思いがけず応えた。



『あのね、去年の準レギュの先輩達も此処で俺達を見下ろしてたんだって』

『は?』



合わさったのは、楽しさに弧を描いた眼。

其処に湛えられた感情は、何処までも真っ直ぐなモノ。



『俺達を選んで、"上"に行けるように賭けたんだよ。』



だから見に来たの〜。

のんびりと答えるとそれきり意識を下に戻してしまった。

試合の時以外は皆無の集中力が、今此処に集められたか、と思う程の真剣さ。

夢中になってしまった彼は暫くは戻って来まい。

滝も慈朗に言葉を取られてから、任せたとばかりにじっと下を見つめたきりで意識は此処にはない。

疲れる、と嘆息一つ。

仕方なく目線で、唯一まともに説明をしてくれそうな忍足に問うた。

彼は下から視線を外して、緩慢な動作で姿勢を変えるとフェンスに背を向ける。

肘を乗っけられた手摺が、がしゃりと控えめに抗議した。



『なぁ。去年の今頃、準レギュやった先輩達覚えとる?』

『何人かならな。それに何の関係があるんだよ。』

『いや、簡単なコトなんやけどな……?』



人差し指を口唇の前へと。

勿体ぶっているのか、それとも他聞を憚る内容なのか。

以降声を潜めた忍足に倣って、上半身を傾けた。


 









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日記の予告通り、『邂逅』、やっとアップです^^
と言っても続きます。(死) 全部で3部作の予定です。

さて。
最近更新してなかった、と言う事で、初心に戻って出会い編をば。
……と言うのは半分嘘で、実は落ちたゲスト原稿のリサイクル品です;
ユーマさんの御本に載せて頂いた、初鳳宍小説(寧ろ初同人小説)の『銀の縁に手を伸ばし』のカット部分でした。
因みに挿入部は1P目と2P目の間です。(誰も聞いてないから。)

結構、雰囲気が好きだったのでリサイクルしたのですが、読んだ人の反応が怖くもある小説です……
(ゲスト原稿の方は、「ホモでリリカルなんて珍しいよね……」と言われてしまった一品なので。)
それ以前の問題で、滝と忍足さんの口調が微妙だし……;


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