――――――――――外には闇と……零れてしまった音色だけ。

























「氷晶、森に誰か居るわ。」





呟いたのは橙の瞳の少女。





「いつもの事でしょうに……いずれ森に呑み込まれて消えますよ。」





……僕達の手を煩わすまでも無いですかね。

氷晶(ひしょう)と呼ばれた青年は椅子から立ち上がり、幾分不機嫌に応じる。

不興の訳はと言うと、少女が折角のハープの演奏を打ち切った事と、侵入者の存在であった。

しかしその一因である張本人の少女は、自分が原因である、という事に全く気付いていない。

青年を一瞥すると意に介さぬ様子で言葉を継いだ。





「もう!

 何を怒ってるの?

 良いじゃない、別に。

 敵じゃ無いみたいだし。

 仕方ない事なんじゃないの?

 下界でまた叛乱が始まったらしいから、戦火から逃げてきたんでしょう。」





何に対してか溜息をついた少女に、





「判ってますよ……僕は貴方みたいに寛容になれないだけです。」





と、吐き捨てるかの様に述べる。





「ふふっ、そうかしら?

 私は無駄な感情は持たないだけよ?」





――――――――――感情が有るだけ、優しいんじゃなくて?

空に浮かぶ望月の様な瞳をあえかに綻ばせて少女は微笑んだ。





「……そうでしょうか。

 あぁ、それにしても困りましたね。」

「何が?」

「近頃、この森に迷い込む人が後を立たないでしょう?」





青年の紺青の瞳が暗く翳る。





「それがどうかしたの?」

「……判りませんか?」

「………。」





銀の髪を僅かに揺らして否定の意を伝えると、青年が溜息をつく。





「内乱が続き、森への侵入者が増えていく……"外"の森の"結界"がかなり弱くなっている証拠です……。」





言い澱む様に言葉を切る。

いつの間にか少女を見下ろす形で立っていた。





「これは一つの事実を示唆しています。」





青年が少女の瞳を見据えた。対峙した少女の顔には何の表情も浮かんではいない。

僅かな沈黙の後、再び青年が重くなってしまった口を開いた。





「……今現在の政権が『十二年前』から依然として正当な王家の血筋に委ねられる事無く変わり続けている事……、」





口を噤みかけた時、ふっ、と鼻で笑い少女が先を促す。

何の表情も宿してはいなかった顔は、今や外見からでは想像出来ぬ程の冷たい微笑みを有していた。





「氷晶。」





少女のオレンジの瞳が理由を問うている。

しかし本気で答えを欲している様には見えなかった。

――――――――――少なくても、少女と付き合いが長い青年にとっては。





「貴方も知っての通り、僕達が居るこの場所を取り巻いているあの森は下界……否、『彼の方』の国と血を受け継いだ人間と国家の状態によってのみ影響を受けて来ました。

 国政が危うくなれば森の結界は薄れ、光を失い、幽冥と化しましたし、逆に国力が強まり平安な世となれば誰一人として通さぬ美しい森になる。

 そして『彼の方』の血を引く者が途絶えた時は―――――」


「『森は消滅します』かしら?

 忘れていたわ、そんな事。 

 本当に氷晶はお利口さんね、―――――私と違って。」





くすくすと笑いながら、手近の椅子へと腰掛けた。

優雅な仕草で琴を手に取り爪弾く少女の姿を見て、青年は確信する。





「……水晶。」 





――――――――――間違いない。

              この人は理由を問わなくても、聞かなくても良かった。

              忘れていなかったのだから。

だが、名を呼ばわりながら、「ならば何故」とも考えた。





「随分な皮肉ですね……全て覚えているのに何故わざわざ僕に言わせます?」





答える声は無く。

只、ゆるゆると穏やかな鎮魂曲レクイエムが沈黙を埋めていく。

零れるかの様に爪弾かれた一音一音が静かに、二人の居る小さな部屋を満たして刻を止めた。





「水晶。」





しびれを切らして沈黙を破れば、その幼さを笑うかの如く小さく笑う声。

少女の瞳は伏せられ、しかし一音も間違う事も無く白い指は滑らかに動いた。

――――――――――埒が明かない。

そう思い踵を返して、扉へ向かおうとした。










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それは、薄氷を踏み敷くかの如き。
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この作品で愛憎絡み合う関係其の一が登場。
一応双子の姉弟なんだけども。
因みに回を追うごとにエスカレート……(ぇ)

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